雨の日の時間

 21, 2016 23:30
雨(オイルパステル)

週末が雨で、しかも出かける用事もなかったりすると、
窓から見える景色でも画にならないかと思案したり、
たまった録画番組を見て過ごしたり、
鉛筆や色鉛筆すべてけずったり、
手の込んだうどんを作ったり、
増え過ぎた本を処分するのを選んでいるうち、最初から読み始めたりする。
そういう時間というのはとても心穏やかで、
かえって贅沢な気がすることもある。

パラレルワールドをテーマとした小説や映画は多い。
あり得たかもしれない人生を夢想することは不毛かもしれないけれど、
気がつけば周りが見えないほどに夢中になっている時がある。
2000年制作の映画「天使がくれた時間」は
主人公がそういう「あり得たかもしれない人生」を体験する、私の好きな作品だ。
先週TVでやっていたのを吹き替えで再見した。
この作品の元になったのは、フランク・キャプラ監督、J・スチュアート主演の秀作、
「素晴らしき哉、人生!」だ。
キャプラ作品は、正直に生きてきた主人公が不運が重なり追いつめられ、
自殺をしようとしたとき、目の前に現れた天使に、
もしもこの世界に自分が存在しなかったらどういう社会になっていたかという、
あり得たかもしれない、それは「よくない人生」を彼に見せる。
それによって主人公は、自分がどんなにすばらしい人生を歩んだかを知ることになる。
対して前者の天使〜は、投資家としてやることすべてがうまくいき、
すべてを手に入れたと思っている、まさに人生のピークにある主人公に
もしも13年前、恋人の反対を押し切り、
人生をステップアップするためにロンドンへ行かなかったなら、
その後に体験するはずだった、家族思いの平凡とも思える人生を主人公に見せる。
こちらはそれによって、一見すべてを手に入れたと思っている自分が
実は最も大切なものを失っていることに気づかされるわけである。
こう書くとやけに道徳的な作品に思えるかもしれないけれど、
ストーリーのテンポはどちらもスリリングで、
あり得ない設定に無理なく引き込む手腕に、これこそ映画とうならせられる。

パラレルワールドの舞台が社会と個人という違いは時代と役者のせいかもしれないが
どちらも作品としては素晴らしい。
主役のニコラス・ケイジとティア・レオーニが私のひいき。
この作品のティア・レオーニはほんとうにすばらしいのに、
その後はあまり印象に残る作品に恵まれなかったのが惜しい女優さんだ。
15年たって見てもやっぱり良い作品だったけれど、ラストシーンの印象は少し違う。
今見ると、二人のその後の人生は
「あり得たかもしれない人生」ほど幸福にはならないような気がする。
観る人によって、さまざまな「あり得る」将来がある。
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Tag:Landscape Paysage 風景画

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