跨線橋からの風景

 21, 2016 02:49
車庫
(ガッシュ)

仕事が繁忙期に入ってあまり休みも取れず、画も描けない。
これは二週間前、電車の車庫への引き込み線を、
跨線橋から風にあおられながら描いたものだ。
新しい画がないからこんなものまで引っ張り出してきた。


あんなに粘ったのに辞めるのか、都知事。
応援はしないけれど、最近あまり見ないしぶとい根性だった。

「辞めろ辞めろ」の大合唱も、よく寝て起きればしらふに戻る。
こんなことを言えば金の問題じゃないと言われるだろうけれど
前の知事は5000万で辞任、
さらにその前任者は自分が立ち上げた公営銀行に
1000億もの赤字を抱えたまま放り出して責任は何ら問われていない。
それに比べればあまりに額は小さく、
好きな画をヤフオクで購入など、ネタのような話だ。
しかし選んだのは我々だ。
任期一杯、ほんとうはやってもらわねば困るのだ。
ほかの無駄も、考えれば今日即刻あらためることができるたぐいの話だ。
給料も要らないというのだから、
それだけですませばこれからはむしろ都民には節約ができたかもしれない。
辞めさせたためにこれから必要になると言われる(選挙の)46億円があれば、
今一番必要な保育所が、立派なのが40は作れるだろう。
ちなみにアフリカでは、200万円あれば小学校がひとつ作れると聞いたことがある。
本来必要でなかったそれらすべてが捨て金になる。
貧乏性の私はそれがとてももったいないと思う。
そして彼よりいい知事が選ばれる保証もどこにもない。
そういう小を衝いて大きく失う無駄を、他の議員はただの一人も言わず、
悲しいかな、都知事自身が口にしたために「イイノガレ」と言われた。
おおかた気づいていながら空気を読んで口をつぐんだほかの議員も罪が重い。
おかしな比較かもしれないが、
作られて一定時間を過ぎるとまだ食べられるのに捨てられる
日本の膨大なコンビニ弁当の話と、私はどうも通じる気がしてならない。
捨てる側は(賞味期限という)ルールを超えた一点しか見ていない。
ところで、何度もここに書いているけれど
大に寛容、小に容赦ない最近の社会のたたき方は、
気になるのを通り越して怖くなってきた。
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