山の日

 12, 2016 01:29
流木、武川にて(ペン、色鉛筆)

上の画は一年前にキャンプへ行ったときに川原へ降りて描いた写生だ。
考えてみれば、外で描くときに木陰に入って描いた記憶がない。

「海の日」もおかしな名前の祝日だけれど、
海があれば山もあるべしと、変な理屈で今年からできたのが「山の日」。
次は「空の日」もアリなのかな、
そうなると陸海空、軍隊の記念日みたいになるなと思ったりする。

「山の日」ということで、五輪に湧くTVやラジオは合間を縫って、
今度は山からの中継と忙しい。
今の時代は老若男女、皆元気だからひとつのブームがあらゆる世代へ同調する。
鉄道、ランニング、自転車(ロードレーサー)、酒場巡り、そして山。
でも山はもうこれ以上人が入らない方がいいと思う。
山を歩き、人里離れた自然に浸るのは誰しも気持ちが良いものの、
人が集まるとゴミと金が集まる。
増えた客を引くために山小屋のサービス競争が起こり、
山にあるはずのない快適さと引き替えにゴミが増える。
山に持ち込んだゴミは自分で持ち帰る、とは言っても
生理的現象までは持ち帰れないし、収集車もここまではやってこない。
ブームが起こる前は缶などを裏に埋めていたのを見たが、
どこもがヘリで山から下ろせるようになったわけではないだろう。
とくに気になっていたのは、山へ来た自分がひりだすものの行方だった。
登山客が多い小屋など、穴を掘って埋めるには量が多すぎるのは
誰の目にも明らかだった。
山の上のバイオ処理など、せいぜい10人分くらいの生活圏の話ではないのか。

山の日、TVで何度も中継されていた上高地の梓川は青く美しい川だ。
「澄んでいてそのまま飲めそうですねぇ」とアナウンサーは言っていたが、
いつか槍ヶ岳の麓のキャンプ場の人に聞いたことがある。
「きれいに見えるからと川の水を直接飲んだりそうめんを洗ったりする人を見かけるけど、
 我々は絶対にやらない。
 川の上手に山小屋があるからね。」
我々の残してくる生理現象の残滓の行方を詳細に聞かせてもらった。
以来、山の川の水の見方が変わった。
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