夜の桜

 10, 2017 23:31
夜の桜
(パステルジェッソにパステル)

満開の夜桜を描きたいと思っていた。
花見客や酔っ払いがいなくて、しかも画を描くために手元が見える程度の明るさがあって—
そんな場所が最寄り駅にほど近い神社の参道にあった。
境内は少し高台になった小さな公園があって、
ありがたいことに人は見当たらず、路上生活者がひとり、夢の中。

人のいない夜の桜は、一種荘厳な感じがする。
坂口安吾の「桜の森の満開の下」を二十歳頃に読んだ。
桜の下から人間を消すと、怖ろしい景色になるという。
小説は現代の酔漢あふれる花見風景の随筆風の語りから、
「昔」の山賊の物語へと入ってゆく。
残虐非道を働いてきた山賊の男が一人の女をさらってくる。
女は男の女房に収まると、別人のように傍若無人に振る舞う。
男に強奪した金品ではなく、襲った人間の首をほしがる。
男はそんな奇妙な女に、次第に惹かれてゆくのだった。
女を背負って満開の桜の木の下を男が通りかかったとき、背負った女は鬼に変わっていた。
安吾の絢爛とした語りがこの世のものとは思えない満開の桜の森を想像させ、
二十歳前後の当時、陶然とした記憶がある。

一日中降っていた雨が夜にはやみ、
これがこの春最後の機会と思って出かけたのはすでに夜更け。
街灯が点いているとはいえ、暗い中でとんでもない色を塗っていないか、
心配したほどには違っていなかったようだ。
でも帰宅後フィクサチーフをかけると、微妙な色は沈み、
せっかくとらえた色は消えてしまった。
ベースのパステル地塗り用ジェッソを使うと、とくにそうなる。
再度「明るすぎか」と思うほどやや濃いめにパステルを塗り直す。

都内で見る桜のある風景とは、たいがいが道の両側に並ぶ通り抜けか、
大きな公園でも他の樹木と混ぜて計画的に植えられている。
桜の森とはどんな風景だろうか。
画題になったここの桜は、とうてい安吾の世界にはおよばないけれど、
風に花びらが舞って、スノードームのような趣きがある。
どこかにあるのなら、桜の満開の森を、夜に見てみたいものだと思う。
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