父と長崎

 12, 2017 13:45
東京は先週37度を超えて燃えるような暑さの日があったと思ったら、
週末は10度ほど下がってかなり涼しい。
原爆の日にドキュメンタリー番組をなどを見ていると、
あの日の熱線は数千度だったという。
37度と数千度、その差がまったくわからない。

父が子供の頃、故郷の宮崎から長崎に移り住んでいた時期がある。
私はときどき自分のうかつさに呆れることがある。
その頃、長崎に原爆が落ちたのではなかったか。
無事だったのは間違いないけれど、何も見なかったのだろうか。
空に立ち上ったキノコ雲とか。
TVや映画、文字でしか歴史を知らない人間は、
このような漫画ふうの図を思い浮かべる。
昨年、今さらながら父に聞いてみた。
父たち家族がいたのは佐世保、長崎の爆心地から60kmほど離れている。
そこで大工だった祖父は、軍艦の内装を行っていたそうだ。
戦争に行かなかった理由はそこにあったのかと、今さらながらわかった。
父によると原爆が落ちたその日、まったくそのことには気がつかなかったという。
空はどうだったか、黒い雨は降ったのか、ひつこく聞いてみたけれど
外で遊んでいたし、空にも変わったところはなかったということだ。
父は当時10歳くらい、語るところによると、
長崎との間にはいくつかの山があり、海があり、岬があったからかもしれないという。
地図で見ればわずかの距離も、住人にとってはかなり離れた場所という印象らしい。
人というのは自分のいる場所、時間などの
ほんのわずかの違いが人生や生死までも分けている。
そう考えると、人には避けられない運命のようなものがあるのだと思ってしまう。
私は今年、祖父の寿命を超えた。
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COMMENT 1

Thu
2017.09.14
12:39

ミント #zKy7gLQU

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タブロウさんのこの記事を読んで、そういえば原爆の体験に関して最近何か読んだなーと思って、少し考えましたが何とか思い出しました。

アメリカに住んでいるというだけの共通点で、この方のブログを少し読んだのですが、「祖父、祖母」というカテゴリーでお祖父さまが被爆者だというのを知りました。
http://kotachacha.blog96.fc2.com/blog-category-21.html

「祖父、祖母」というのが目に入って読んだので、とくに原爆について読もうとしていたわけではないのです。「ほんのわずかの違いが人生や生死までも分けている。」というのは本当ですね。

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