NHK こころの時代「瓦礫のなかから言葉をひろって ~作家・辺見庸~」を見て

 29, 2011 02:27
こころの時代~辺見庸

先週22日にNHKで放送された辺見庸の言葉を聞いて。
・・・週末になってやっと書く時間ができた。・・・

ETV8「しのびよる破局」以来2年振りの辺見庸は、まったく変わっていなかった。
私が辺見庸を知ったのは「世に倦む日日」というブログを読んだのが最初だった。
(大変なアクセス数を誇るサイトだが一年ほど前から有料になっている)
そのときはリーマンショックがあり、派遣切りという弱者の危機があった。
被害に遭う弱者が大変な数で、生死の危機に直面したとき、彼が発する言葉が必要とされる。
辺見庸とはそういう作家だ。
今回もまた、膨大な数の死者と、生きる術、場所、家族さえ失った数十万人の避難者が生まれて
その言葉が待たれていた。
しかも辺見庸は、今回被災した石巻の出身だった。

・・・・

見ながらずっと感じていたのは、
自分は今回の震災に本当に「地獄」を感じていたのか、ということだった。
報道の文字と避難者、行方不明者・死者の数字、そしてTVのたくさんの映像から自分は、
被災者が口にする「地獄」を一部でも本当に感じていたのだろうか。
辺見庸は、遺体をまったく映さない「なかったことにしている報道は、
死者への敬意を欠いている」と言った。
私も震災報道で死者、遺体をまったくと言っていいほど見ていない。
結果、ひと月経っても死者を私は数字でしかイメージできていなかったのだ。

海外メディアのサイトで偶然被災した遺体を見た。
子どもの、それも一部しか見えていない写真に打ちのめされた。
たった一枚の写真に心が引き裂かれそうになった私は
その時改めて自分が何も見てこなかったことを思い知らされた。
情けないが、それ一枚でギブアップである。

今回の震災報道のあり方にいろいろ問題が指摘されている。
遺体のまったく写らない報道というのも「やさしい日本」独特のあり方だろう。
TVは子どもを含め家族で見ることが多く、そのことを基本的に支持はするが、
戦後初めて万単位の日本人が一度になくなった大事件で
まったく死者を目にしないというのもいびつな気がする。
ここを避けて通って震災の現実、被災者の本当のつらさが伝わるのだろうか。

辺見庸はカミユの「ペスト」を引用して言う。
 アルジェリアのある街が突然発生したペストに覆われる
 伝染病で大勢の人間が亡くなり、人々はパニックになる
 その絶望的な状況の中で、主人公の医者リウーは「人間はどうあるべきか」と問う。
辺見庸は、リウーが言った「人は人にひたすら誠実であること」という、
「あきれるほど単純なこと」を今こそ本当にわかったと言う。


「放射能がかなり高いレベルの場所に留まって、患者を診ている医者、
 どうあってもそこを動かないという医者。
 あれがベルナール・リウーだ、あれが誠実さっていうもんだ」と言う。
私もその医師と看護婦をTVで見たけれど、そのとき思い出したのは
ボリナージュで貧者の中にいた、画家になる前の若きゴッホだった。
彼は自分の持っているものをすべて与え、聖書の言葉によって他者を救えると思い、
自らの限界まで、貧困の底にいる炭鉱労働者に尽くした。
ただ、ゴッホは医術を持っていなかった。
(伝道師として来たのに)ひとを感動させる弁舌も持っていなかった。
教会から見て行きすぎた熱意と、人が最も必要としていた医術を持っていなかったゴッホは、
不幸にもそこを去らねばならなかった。
が、避難区域や支援の届かない被災地で医療活動を続ける医師、
そしてゴッホもまた、リウーだったのだと思う。
また、そこを去らねばならなかった結果、(皮肉にも)のちに画家ゴッホが生まれた。


ユダヤ人の哲学者アドルノがナチスの信じがたい殺戮を経て戦後に語った、
「アウシュヴィッツ以降に詩を書くことは野蛮である」という言葉がある。
世界がここまで来てしまったのに、なおかつ美しい詩を書くのか。
世界のいかなる悲劇とも一切関係のない、真綿でくるまれたような幸せを詩とするのか、
この言葉を今回の3.11に重ね、震災以前にあった文化と今後も(日本は)同じであっていいのか、
と自問している。

辺見庸は言う、「問われているのは、国でもなければ民族でもない。
今、真価が問われているのは明らかに、疑いもなく個人」である、と。

辺見庸はカミユの「ペスト」やアドルノの言葉を引用しながら、
今、そしてこれから、個人になにが求められているかを問うている。
リウーがペストに立ち向かった唯一の方法は、
私たちがこの大震災に被災し、すべてを失った人たちを迎える術でもある。
そしてそれは言葉にするとあまりにも単純な
「ひとに対してひたすら誠実であれ」ということ、
「混乱の極みであるがゆえに、それに乗じるのではなくて、
 他者に対していつもよりやさしく、それから誠実であること」なのであると。




幸いにも再放送がある。ぜひご覧ください。
「こころの時代 瓦礫の中から言葉を ~作家・辺見庸~」
再放送:4月30日(土)13:00~14:00 NHK教育テレビジョン(地上波)
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Tag:東日本大震災 辺見庸

COMMENT 4

Mon
2012.01.30
16:57

てんつなマン #PC1PCfWU

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Re: NHK こころの時代「瓦礫のなかから言葉をひろって ~作家・辺見庸~」を見て

すみません

誤字のあるコメントを送信してしまいました(-。-;

学ばれて

ではなく

学ばせていただければ

です

失礼いたしました

Edit | Reply | 
Mon
2012.01.30
16:53

てんつなマン #-

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Re: NHK こころの時代「瓦礫のなかから言葉をひろって ~作家・辺見庸~」を見て

ありがとうございます

実は、マヤ暦を学んでいまして、いろいろな方の、を照らして観ています。
それで、下記のように、辺見さんが260日の中でkin2という、白い風と赤い龍のエネルギーの流れている日に生まれた事がわかり、下記のように、マヤ暦の勉強するグループにコメントさせていただいたのです。

詳しくは、長くて説明できませんが、持って生まれた本来の自分の生き方をしているとシンクロニシティがいつもおきる生き方となります

ということで
>待たれる時に必ず発せられる辺見庸さんの言葉にはいつも圧倒されています。

この、シンクロニシティを表現することばを読んで、辺見さんは、没我の中(誠実に生きている人)で、本来の生き方をしている人だと確信できたと共に、マヤ暦の深い内容にビックリしています。

下記のようにコメントしました

今日お話を聞いた、作家、作詞家辺見庸さんが、キン2だと発見した(^O^☆♪
こんなシンクロニシティで生きる人、すごい(^O^☆♪
彼の言葉では、没我は誠実に生きることのようだ、すごい言葉の数々をきいた、彼の口から命のこもった白い風が赤い龍のように飛び出してきた\(^o^)/

マヤ暦をよく知らないと、チンプンカンプンで済みません。

タブロウさんも誠実な生き方をされている方だと、ブログから推察いたします

そんな方の、kinナンバーを知って学ばれていただきたいと思うのですが、

もしよければ生年月日を教えていただけないでしょうか^^;

ぶしつけなお願いですがよろしくお願いします

Edit | Reply | 
Mon
2012.01.30
11:39

タブロウ #3h4yWL0g

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Re: NHK こころの時代「瓦礫のなかから言葉をひろって ~作家・辺見庸~」を見て

てんつなマンさん、はじめまして。
私の書いた文章がお役に立てたのなら幸いです。
私のほうはfacebookをやっていないのですが、ご紹介いただいて恐縮です。
待たれる時に必ず発せられる辺見庸さんの言葉にはいつも圧倒されています。
こういう人物がいるからまだ日本は棄てたものではない、とも思います。
今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

Edit | Reply | 
Mon
2012.01.30
00:23

てんつなマン #PC1PCfWU

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Re: NHK こころの時代「瓦礫のなかから言葉をひろって ~作家・辺見庸~」を見て

こんばんは

私は再再放送で聴いて感動したという軽い言葉では表せられない
ものを感じました

facebookで紹介したところときたいというコメントがあったので

再再放送の日時と、本ブログがとても丁寧、誠実に伝えていると

伝えさせていただきました

事後承諾となってしまいましたがよろしくお願いします

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