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「ジャコメッティ 最後の肖像」

 21, 2018 02:16
ジャコメッティ 最後の肖像

今年最初に足を運んだ映画が、「ジャコメッティ 最後の肖像」だ。
友人のボリウッドマンが単身赴任先からメールで勧めてくれた。
ジャコメッティを演じる名優ジェフリー・ラッシュは本人にとてもよく似ている。
さらに特殊メイクがされているのは、大きな鼻のあたりだろうか。
しかしジャコメッティという人は写真を見てもそうだけれど、
顔にせよ身体にせよ、どこか「大きな印象」を与える。
そこが一番違うところで、
演技に熱が入るほどラッシュ氏はむしろウディ・アレンに似てくる。

色調をおさえた画面は美しい。
日本人哲学者でモデルにもなった矢内原伊作の手記や写真を以前読んだ。
そのアトリエの雰囲気をよく再現していると思う。
この美術を見るために日比谷の劇場まで足を運んだようなものだ。
矢内原伊作は作品中にもちょこっと顔を出す。
(実際にはジャコメッティの元を訪れていた次期には、二人にズレがあると思う)
映画はジャコメッティファンにはとても面白いし見る価値もあると思う。
私もできればもう一度見て、あのアトリエへ行ってみたい。
映画はポスターやチラシを作った形跡がなく、早々に打ち切りになるかもしれない。
映画はあくまで映画なのだけれど、ここであえて
「本当はこうだったのでは?」とお節介なツッコミを入れてみたい。

矢内原伊作は映画の原作で主人公になった米国人作家ジェイムス・ロードよりも
遙かに長くジャコメッティのモデルを務めた。
映画は18日間に及んだ制作の日々を描いているけれど、
「一時間ほど」で始まった最初の矢内原のデッサンは、
ついに二ヶ月半の間、一日も休まず続いた。
さらに、ふたたびモデルになるためだけに、その後何度も渡仏している。
手記「ジャコメッティとともに」(みすず書房、絶版)は
その最初の二ヶ月半の鬼気迫る制作風景を記録したものだ。
毎日くたくたになるまでポーズをとり続けて、帰宅後にとったメモを元にしている。
まったく恐るべき記憶力を持った人だ。

映画では思うように描けず筆を投げ、制作を切り上げるシーンが何度も出てくる。
ジェイムス・ロードの場合はこんなことがあったのだろうか。
矢内原伊作によると、ジャコメッティは一旦描きはじめれば、
暗くなってモチーフが見えなくなるまで筆を置かず、
見えなくなると電灯をつけて継続するか、今度は朝方まで粘土に取り組む毎日だった。
夕食は夕方6時頃、いつも近くのカフェで、ゆで卵二つだった。
手記にはこういう生活を何十年も、一日も休まず続けていたとある。
肖像画は鉛筆によるデッサンから始まり、時に油彩、さらに粘土による塑造へ。
油彩による肖像画は塗り重ねるうちに絵の具層が厚くなり、作業に支障が出てくる。
「今までの作業は全部嘘だった。
 これを消してもう一度最初からやり直さなくてはならない。」
 君は消すことを許してくれるだろうか。」
そう聞くといつも「もちろんです」と答えが返ってきた。
ジャコメッティは大喜びで描き続ける、といったことの繰り返しだ。
その矢内原伊作が、映画では間男のような描き方をされていたのは気の毒だった。
彼がもし西洋人だったら、
主人公はジェイムス・ロードではなく、矢内原伊作だったろう。

彼もまた画商から届けられた莫大なお金を見て、
「これは何かの間違いだ。私の画にそんな価値があるはずがない」
というジャコメッティの言葉を聞いている。
そんなエピソードを思い出すと、
ジャコメッティの実像のほうが、ずっと魅力的なのではないかと思った。
いずれにしてもこの狭いアトリエと食事に通ったカフェだけで展開されるエピソードを
一本の映画に仕上げたことがすごい。
この映画に興味を持った人には、矢内原伊作の「ジャコメッティとともに」が
(同じみすず書房から出ている改訂版「ジャコメッティ」は少し内容が違う)おすすめ。
派手な出来事はなにひとつ起こらないけれど、
まるでジャコメッティとともにアトリエにいて、
自分がポーズしているような気分にさせられる。
とにかく面白い。
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