中川一政の「野の娘」

 26, 2011 22:42
仕事の合間を縫って、横浜へ「中川一政展」を見に行ってきた。
押しも押されもせぬ巨匠の作品について、あまり私が書くことはない。
独特のタッチは、今の私には少し苦手なところもある。
しかし初期の作品の中に、とても好きなものがあるので行ってきた。
いくつかの静物作品と、とくに妹を描いた一枚、
日曜美術館でも紹介していたけれど、これは「野の娘」という自作の詩と共にある作品だ。

野娘 1917年 野娘(エチュード)
・・・・

画家はこの作品を24歳頃に描いた。
14歳で与謝野晶子主宰の俳句雑誌に掲載されるほど早熟だったが、
妹をうたった詩は「野の娘」という40代の終わりに出版された詩集に収められていた。
実際に作られたのはいつだったのだろうか。
幼い妹のことを書いているから若い時に下敷きはあったのだろう。
少年の頃に感じたことを何十年かの発酵を経て作品に結実したのだろうか。
それはこのような詩だ。
 ほかに全文がアップされているサイトも見つからないので、
 長い引用だけれど、最後まで引き写します。




「野の娘」


愛子よ
おまへはまつくろけ
けれどぼくの愛するをさないいもうと
けふはクリスマス
おまへをつれて来いと
文子さんは云つたけれど
ぼくはまつくろなおまへが
かたくなつて
じぶんのまづしい服装を
よろこぶおまへを
白い足袋からまつくろなふくらはぎが
でているおまへを
あの上品なをさない人達の眼に
軽蔑されるのをかなしむ
けふクリスマスと云ったぼくをゆるせ
おまへは野の花だ
くろい口の大きい叫びごゑのあらい
野のむすめだ
たのしさをゑがいてさびしかったら
かけまはつて慰めよ
けふのクリスマス
おまへをはづかしめられたくないので
ぼくはつれてゆかないのだ
つれてゆくとは云はないのに
もうおほ兄さんとゆくと
となりに揚言してとんであるく
おまへをみると
ぼくはいろのくろいおまへが
うらめしい
ゆるしてくれ
わが愛惜しむ
くろいいもうとよ
クリスマスでも
車屋やそばやの子とおまへは遊ぶのだよ




この、妹を見る兄の慈愛にあふれる目線を描く詩は切なく、しかもかぎりなく美しい。
私はこの詩を読み、妹を描いた(上の)肖像を見て胸を突かれる。
詩などわからない散文的な私のこころさえ、ゆさぶる。
自分の弟の幼いころの顔を思い出し、
そしてまた、せがれたちがふたりで遊ぶ、やはり幼い姿が目に浮かぶ。
切なさは彼らの中にあるのではなく、
それを見る、あるいは思い出す自分の中にあり、
自分ははたしてよき兄、父であっただろうかと省みる。
慌ただしい業界で仕事をしてきて、
知らず誰かをないがしろにしてこなかったかと、汗をかきつつ思い返してみる。
ノスタルジーというのはこのように少々やっかいである。
しかし、それがあるから人間というのはかけがえがないと思い、
そして絵は「いいなあ」と思うのである。

画家は、画才より先に文才に花開かせた。
残した言葉には宝石のような輝きを持ったものがある。

「画に縛られていてはつまらない。画をかくことが生きることでなければ。」

「私にとっては若い時、画をかくことで見ることを知った。
 その経験が今まで私に画をかかせた。」

そしてこう締めくくる
「私は、よく生きた者が、よく死ぬことが出来るのだと思っている。
 それはよく働く者が、よく眠ると同じ事で、そこになんの理屈も神秘もない。」


また、中川はおしゃれでセンスが良く、
若い時からデザイン、装丁も手がけていた。
50年前の自らの画集の装丁が、今見てもまったく古さを感じない。
今回の展覧会の図録の装丁の方が、よほど古くやぼったい感じがする。
晩年、額を自作していたが、作品によくあっている。
気が利いていて自由奔放なPOPさは、ピカソに通じるものがある。


ところで、横浜高島屋で開催されていたこの展覧会
会場は女性下着の即売会の奥にあったのだが
エレベーターから降りると会場の入り口にたどりつくのに
我々はこのランジェリーの海を抜けていかねばなない。
作品の余韻を残しながら出れば、やはり真っ正面に無数の下着が広がっている。
これは画家への敬意と配慮を欠いてはいないだろうか。
画家が既に亡くなっているから、という主催者側の甘えに乗っかったいい加減さが目につく。
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Tag:展覧会 中川一政

COMMENT 4

Sun
2011.05.29
21:35

タブロウ #3h4yWL0g

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No title

中川一政は文筆からスタートしていますので、文章もすばらしく、
画を描いては巨匠、言葉が生きており、後進にとってはありがたい先達です。

ところでBlogにも書きましたが、
下着即売会の奥で開催されている画家の個展、
私の師にも昨日話したところ、聞いたこともない、とんでもない愚行だと
話しておりました。
あらためて考えても、なんと配慮を欠くずさんな企画でしょうね。
新聞などでこれを取りあげてないこともちょっと驚きです。
この図を思い浮かべてください。
ギャグでもなかなか見ない風景です。

Edit | Reply | 
Sat
2011.05.28
15:52

hananoiro #-

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No title

こんにちは☆
中川一政は繰り返し描いているばらの絵が印象に残ります。

「画をかくことで見ることを知った」
実践できているか不明ですが。。絵を描いていてよかったと思うことのひとつです。

中川一政、作品に生き方が表れていて、かっこいいです!



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Fri
2011.05.27
22:07

タブロウ #3h4yWL0g

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No title

アイビーさん、こんばんは。
まったくその通りですね。
それに、一枚の絵だけで対話できるものもすばらしいですが、
その背景に実際のストーリーがあれば、もっと楽しめることもあります。


下着あふれる催事場の向こうに巨匠の展覧会、、、
ギャグと紙一重です。

Edit | Reply | 
Fri
2011.05.27
19:53

アイビー #2toZYr9Q

URL

No title

そういえば、タブロウさんはご家族とか身近な人を描いていらっしゃいますね。
だからこの絵に惹かれたのでしょうか?

ランジェリーの海かあ・・・(^^;)
女性は気にしないかもしれないけど、男性はぎょっとするでしょうね。

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