宮城県美術館の洲之内コレクション、無事

 03, 2011 22:10
今朝の日曜美術館で、松本竣介が特集と番組欄に出ていたので楽しみにして見たら
なんと洲之内コレクションが取りあげられていた。

特集は震災と絡めて宮城県美術館の復興と
そこに収蔵されている洲之内コレクション、
その中から東北ゆかりの画家として
松本竣介(少年時代を盛岡で過ごす)を取りあげていた。
震災と絡めているので被災地の取材なんかが入ってくるのは仕方ないけれど
この番組ではもう少し作品の方を見たかったとも思う。

宮城県美術館の被災状況は先日新聞にも書かれていたが
展示室の幅10mを超える強化ガラスが地震で破砕し、
もし入場者が前にいたら、たいへんなことになっていたということだった。
ここの美術館のことをよく覚えているのはいうまでもなく
洲之内コレクションが収蔵されているからであり、
それが無事であって、この5日から常設展示されるとのことで、
私もこの地から胸をなで下ろした。
・・・・

松本竣介については、
洲之内徹の「気まぐれ美術館」で4回にわたって取りあげられていた。
これは例外的なことで、それほど洲之内徹が好きな作家なのである。
今回、松本竣介の作品についてはあっさりと紹介されていたが、
作品に描かれている風景は現実のものではない。
松本の代表的な都会の建物を静寂の中に描いた作品群は
建物が有名なものが多いのでそれだけに目が行きがちだが、
そのほとんどはまったく別の場所にある建築物を合成して一つの画面内に再構成している、
それを初めて突きとめたのが洲之内徹であり、その取材というか、
調査の一部始終が「気まぐれ美術館」に書かれていた。
TVに出ていた「ニコライ堂」も、神田のニコライ堂と新宿のガード下にあった風景の
二つの場所を一つの画面に合成したものだ。
ニコライ堂


洲之内徹については以前Blogでも書いたことがある。
洲之内徹松本竣介作品だけでなく、好きな画家であれば、
ゆかりの場所、足跡を可能な限り訪ね歩く。
そうすることによって、画家とその作品が自分の経験の中に入ってくると言う。
そのあたりが文章の魅力となり、説得力、そしてリアリティにいっそう力を与えている。
だから本当の読者、絵画好きから支持され、並の評論家など太刀打ちできなかった。
松本竣介作品が、別の場所の風景を一つの画面に再構成しているということも
この足跡を歩くということの中でわかったことである。

あらためて紹介するまでもなく、洲之内徹は作家から雇われ画商になり、
画に関するエッセイを書いて有名無名の画家に光をあてたことで
小林秀雄や青山二郎、白洲正子などから美術評論家、「当代きっての目利き」
などといわれたが、本人は「ただの絵好き」と言っていた。
その通りだと思う。
絵について自分が感じることを書いているから「批評」をしているのも確かだろう。
画廊で絵を預かって売っているから「画商」でもあるだろう。
しかし、それはそれとして頼まれたから、食べるためにやっていた。
もし気に入った絵が目の前に出てきたら、それは自分が買い取って客には売らず、
木造の自宅アパートの収蔵品となる。
「いい絵とは、盗んでも欲しくなる絵だ」と言った。
いい絵を買うために執筆し、自転車操業の画廊を続けていたとも言える。
客が欲しいと言った絵も自分が気に入れば売りたがらず、
よく得意客ともめたらしい。
経営が苦しいのにお金になる画をなかなか手放さなかったので、
なおさら資金繰りは苦しかったはずだ。
そうやって、中村彝や松本竣介や靉光、長谷川利行らの傑作が
貧乏画商の自宅アパートに残された。
これら近代絵画の巨匠の作品が、
その頃は車一台分のお金で買えたりしたということだ。
こういう人の絵に対する言葉は信用できると思う。
絵は個人の好き付きはあるけれど、
絵が心底好きだった洲之内徹の言葉は信用できると思う。
私が画集以外に唯一美術関係で愛読しているのも
洲之内徹の残した6冊の「気まぐれ美術館」だ。
画商でありながら洲之内徹からは、
(私自身が絵で生活しているわけでもないのでさらに恐縮だけれど・・・)
筆を持って生きる画家の生きる意味、覚悟というようなものを
教えられたような気がする。


没後、幸いにも散逸を免れたそれらのコレクションたちが
宮城県美術館に残されているのである。
実業家でも資産家でもなかった一コレクターの著書とコレクションが
世に多くのファンを持つというのは希有なことだ。
しかも震災被害からも、免れて無事ということだ。
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Tag:洲之内徹 松本竣介

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