「大事な人はいますか」

 06, 2011 15:01
どうして被災、事故災害から世界を巻き込んで
世界全体が見つめている日本で、こんな人物が対応にあたり、
懸命に復興にあたっている人の中へ乗り込んでいったのだろう。
この被災地の復興を担当する大臣はすでに辞任しているが、
少しのバッシングがあった後、はやくも擁護するようなTVコメントが続いている。
被災地の復興、原発事故対応が遅々として進まず、
それは「国と企業のリーダーの無能による人災だ」というストレスが
傲慢、不遜な言動を(リーダーシップと錯覚して)許すのだろうか。
「口は悪いが・・」とか「言葉の選び方を間違えた」とか解説している者もいる。
発言の実際の映像を見ると、そんなレベルの問題ではなく、
これにそれほど怒りを持たないという心境が、私には不思議でならない。

元大臣は最後に
「これオフレコ、(今言ったことを新聞に)書いたらその社は終わりだから」
と恐るべき恫喝発言をしているが、
なんとマスコミは当初その通りにこの暴言を封印し、
被災地の東北放送だけが放送して明るみに出たという。
これが日本の報道の姿だとあらためて思うと泣けてくる。

・・・・
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また、この元大臣を擁護する報道を流すTVも同様、
いったいこの国とマスコミは、どこまで国民の希望をつみ取れば済むのだろうか。
嫌な仕事を押しつけられて、意図的にああいう発言をした、と言う人もあるが
そんな幼稚な言動が、この国の大臣職にある人物に許されるのだろうか。
今、東北の復興という任を受けて、
政治家としてこれ以上やりがいのある役目もないと私は思う。

このニュースを世界中が見ていることもまた恥ずかしく、悔しくてならない。




先日見た「悪人」という映画の話。

初めて本気で愛した相手が人殺しであり、
人でなしのような振る舞いが元で殺されてしまった女性が娘である父親。
彼女、彼にとってはそれでも愛する相手、娘であるのだ。
ドラマは逃げる犯人とそれでも彼について行く女性を中心に描かれていたが
何組かの登場人物を通して制作者が最も言いたかったテーマは
「大事な人はいますか」ということだろうと思う。
(この言葉を鮮明に覚えているのは、予告編にでもあったのかもしれない)
「大事な人がいる」という心が、人間にも社会にも一番大事なのだと。。
ありきたりに思えるこのストーリーが、今はとても胸に響く。

人にはみな大事な家族があり、愛する相手がいる、
人の上に立つ人には想像力が最も大事だと、先日私はここで書いた。
自分に大事な人がいれば、他の人にも同じようにそういう人がいるはずだ、
そう思えば今の被災地の現実に、胸は痛んでつぶれそうになるだろう。
凍える季節を経て、ただ座っているだけで汗が噴き出す季節になってもまだ
避難所で風呂にも入れない人がいることに、
まず謝罪してから「一刻も早く、対応させていただきます」
という言葉に結びつくのではないのだろうか。

震災後、私たちはさまざまな義に反する行動に、最初は怒りを叫んだ。
しかし嘘や諦めを数ヶ月繰り返され、それでも日常を何となく送っていると
裏切りに慣らされてしまう。
悲惨な被災者の日常にも慣らされてしまう。
もっとも怖いのはそういうことだと思う。
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Tag:東日本大震災

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