しのびよる危険な足音

 13, 2010 23:55
ブログをはじめてまだひと月もたっていない。
ここではただ絵のことだけを書いていこうと思っていた。
でも伝えたいことは何でも書けるのがブログなのだし、
また、自分以外にはまだ一人か二人しかここを読んでもらっていないから
なにも気にすることもない、ということもある。。。

話はやはり今回の尖閣問題に端を発して海保ビデオの漏洩事件までのことだ。
尖閣問題についてはまず、新しく政権を担当した素人政府の愚かさ加減を
世界中に大宣伝してしまった、という以上、何も言うことはない。
まさにため息をつくしかない。
その失われた国のホコリやら信用やら夢や希望やら・・・残念で仕方ないが、
私はそのあとの海保職員による映像漏洩事件にはもっと別の、
国を揺るがすような危険な足音を感じる。
前段階としてまず海保職員が支持されている部分を整理する。
(でも私は今、実はここはあまり大きな問題と思っていない。)

事情聴収を受けた海保職員は
映像を流出させたことを「国民のためにやった」と言っている。
では国民にどういう利点があったのだろうか。
ビデオ内容は大方の一般国民が想像したとおりであり、
漏洩前に「もしビデオが公開されたら」日中両国で「やはり自国が正しい」
とやり合うのも予想されていた。
国と国民に利益が生じたかというと失ったものの方が遙かに大きい。
「内部告発だ」という人が多いが誰を告発したのだろう。
政府はこういうビデオがないとは言っていない。「ある」と言っていたのだ。
たしかにあったし、それは一部の国会議員にも見せていた。
それを職員は上官はもとより、政府の命に反して公の場にばらまいた。
しかも議員が見せられた不完全な映像と同じものだ。
法的には裁判証拠であり、通常は何人たりとも一般の目には触れない映像を
現時点で見ることができないのは「法に従って粛々と進めている」以上、
一般国民も見ることができないのが普通だったのである。
つまり今回の映像漏洩は国民の利益という点からは
「映像を見たい」という大衆のフラストレーションを発散させた、
くらいの意味しか果たしていない。
専門家の分析もなされたようだが、新しい流れは
今に至るも何も作られていない。

ここまでの話はちょっと書きすぎた嫌いがあるけれど、
(繰り返すけれど)今、あまり重要ではない。

大変重要な問題がある。
まず、海保職員という国家公務員の立場であること。
さらに武器を持てる(あるいは持っている、使える)立場にあるということ。
武器を持った国家公務員が自分の正しいと考える信条に従って勝手に動く、
命令と正反対の行動をすることが許されるなら
たとえばこれが自衛隊だったとしたらどうだろう。
警察、海上保安庁、自衛隊、これらは国の命令に絶対に従うから
武器を持つことを許されているのではなかっただろうか。
「自制の効かない公僕」は「自制の効かない軍部」に通じる。
連行される海保職員の映像を見たが、
傲然とした態度は、連行前、事件の報道を見て落ち込んでいた、
というようなしおらしいものではなかった。
漏洩前に自らTV取材の場を要求し、能弁だったという。
誰かも「確信犯」と言っていたがその通りだろう。

別のブログコメントで読んだが
年配の方で「 2.26」事件を(経験はしていないが)思い出す、と言っていた。
今回武器こそ持っていないものの、
青年将校(海保職員)が義(だと信じて)によって行動を起こし
革命を起こそうと実力行使に出た(政府を揺さぶった)。
逮捕後、国民や文化人から助命嘆願されたのも驚くほど似ている、
と書いておられた。
当時は学校でも青年将校達を幕末の志士たちになぞらえ、
同情的に教えられたそうだ。
しかし歴史的に見れば彼ら青年将校らの行為はテロ以外の何でもなかった。
今、「坂の上の雲」がリメイクされ、「龍馬伝」が高い人気を集めている。
いずれこの職員を、そして賛同する自分たちを
「志士」と自称するおっちょこちょいな人物が出てくるのではないか。
今回、血が流れるようなことがなかったのは幸いであり
ここで職員が許されることがあったら日本は非常に危険な空気に支配される。
【テロ行為を称える世論】は絶対に起こしてはいけない、
そのBlogは「太平洋戦争へ突入していった悲劇を見ているからだ」、と結んでいる。

現在、職員を非難するマスコミ人というのはほとんど聞かないけれど
その行為を「勇気」とたたえる文化人には、なんと鳥越俊太郎までが手をあげている。
ツイートなど街の声は別として、公の場に非難の声は全く上がらない。
反戦側にいると思われるジャーナリストにいたるまで
「見る権利」「報道の自由」の錦の旗のもと、
根幹にあるもっと不穏な空気に気がついていないように思える。
ネット時代というけれど、まだまだTVの影響は絶大だ。
好感度の高いコメンテーター、タレント司会者が
『「A」は「ビー」と読みます』、と説明する、
スタジオゲストの歌手やお笑いタレントが『なるほど』とうなずく、
これだけで「A」を「ビー」と読む国民は
『何十万人、一丁あがり』の時代に我々は生きている。

昔から戦争の話になると「日本人は一方向に流れやすい国民だ」とよく聞いた。
今はたとえば Jリーグ、日本代表、 WBC、
まあスポーツの世界だけだろう、日本人はそれほど国を強く愛していない。
卒業式のシーズンになると全国で「国歌斉唱」で問題が噴出する。
海外と日本を比較しては「だから日本はだめだ」という。
海外でこれほど自国のことをダメ扱いする国民はいない。
若い時にはじめて海外を旅した時、
ユースホステルなどで世界の若者と話していてそれを痛感した。
「愛国」という言葉は中国や北朝鮮に残る言葉であり、
日本は世界でも希有な無国籍国民だ、と思っていたし聞いてもいた。
ところがどうだろう。
今日本国内は「愛国」という言葉こそ使わないものの
一部の中国人同様の嫌中(反日)感情にわき返り、
海保職員の行動への賛同のもと、一つに固まりつつあるように見える。
私は「日本人は一方向に流れやすい国民だ」という実例を
これほど鮮やかに、しかも短時間で完遂される様を
自分が生きている間に見ることができるとは全く想像していなかった。


私の一番好きなもの、
それは子供達の笑い声であり歌声だ。
その声を途絶するような時代が真から恐ろしい。
こんなに長くなってしまって本当につらく、しかも無力感に襲われるが
このことは今、書かずにはいられない。
それでもなお、この恐ろしい足音を消し去ることは、当分できないだろう。
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